荷物を持って欲しいと願う前に、誰かの荷物を持ってみよう。
暖かい夕暮れ前の話。
30mくらい先に、荷物を押す、腰の大きく曲がったお爺ちゃんがいた。
そのお爺ちゃんが僕の視界に入ってから、僕が隣に辿り着くまで、たくさんの人がそのお爺ちゃんの横を通り過ぎる。
その間、お爺ちゃんは一歩も動かない。
その間、通り過ぎる人達の誰一人として彼に声をかけることはなかった。
少し不思議に思いながら、すぐ近くまで来たときに気づく。
『動かない』のではなく『動けなく』なってしまっていたのだ。
押す荷物の上にはスーパーのかご、その中には沢山の物が入っていた。僕が持ってもなかなかに重いなって思うほど。
つまり、そのお爺ちゃんは、その重すぎる荷物に体を取られ、まっすぐ動けなくなっていた。
僕が来たときには、もう少しで車道に出てしまいそうな程だった。
僕は思わず声をかける。
『お爺ちゃん大丈夫?』
返ってくるお爺ちゃんの声は、どうにもこうにも小さすぎて、四・五回聞いてやっと分かるかどうかのもの。
とりあえず向かいたい方向だけ何とか聞き出して、少しずつ歩いている間に、二人の方が僕に声をかけてくれた。
1人目の男性は、そのお爺ちゃんの家がすぐそこの角を曲がったところにあると教えてくれて、かつてこのお爺ちゃんが海軍で凄かったんだよと教えてくれた。
2人目の女性は、お爺ちゃんの重い荷物を持ってくれて、そのおかげで僕はお爺ちゃんを支えることに専念できた。
偶然にもこの方が介護関係の仕事をしている方だったので、家に着いてからもとてもスムーズだった。
とにもかくにも無事に家まで見送ることが出来た。手を差し伸べてくれた方には感謝しかない。
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正直、最初僕は、色んな事情があるとは言え、通り過ぎる人達に対して少し怒りにも似た感情を持っていた。
『何で誰も声をかけない?』
『何故そんなにも見て見ぬふりが出来る?』
でも、お爺ちゃんに声をかけて、家まで送った後に思った。
そんなことを思い、追求するよりも前にやらなきゃいけないことがある。
そして、見ず知らずの誰かに怒りを向けられるほど、僕はこのお爺ちゃんの辛さを分かっていなかった。
人はさ、所詮完璧からはほど遠い生き物で、そのくせ自分の考えの外にある物には時に嫌悪感さえ抱く。弱いくせに。いや、弱いからかな。
もちろん僕も、これでもかって程弱い。
出来ないことも山ほどあるし、後悔もすれば誰かを傷つけたりもする。瞬間的でしかない重い荷物を、持って欲しいって思ってしまう。
でも、ふと誰かの荷物を持ってみると、今まで重いと思っていた自分の荷物が、それほど重くない場合もある。
誰かがそれを持っている姿が重そうかどうかより、先ずは持ってみよう。持っていると想像してみよう。
きっと、少しずつかもしれないけど、まず何をしなければいけないのかが見えてくる。
そんな気がした夕暮れ時。
橙の
光の中の
春の影
その背に纏うは
覚悟と誇り
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